分野別の取り組み
子どもの福祉
地域連携公益事業『れいんぼう』の取り組みについて
(社会福祉法人大洋社 ひまわり苑:母子生活支援施設/東京都)
取材時期:2023年6月
取材者:聖隷クリストファー大学 泉谷 朋子 准教授
(全社協・児童福祉施設等による地域の子ども・子育て家庭支援体制の構築に関する検討委員会 委員)
本法人の沿革と活動に至る経緯
本法人の取り組みは、約100年前、家族や親族からの支援を受けられず生活に困窮していた母子家庭を支援する活動に原点があります。
昭和27(1952)年に社会福祉法人となり、母子生活支援施設や保育園を運営しています。行政からの委託で、ファミリー・サポート・センター事業や子育て短期支援事業(ショートステイ・トワイライトステイ)等の地域子ども・子育て支援事業も実施しています。
母子生活支援施設では、家族が幸せに生活できることを目標としています。入所中にその目標を達成するだけでなく、退所した後も自分達らしく生活していけるためには、子どもと家族が生活する地域全体に働きかけることが必要と思っていました。
母子生活支援施設がある地域の他の社会福祉法人・施設から「〇〇さんは母子生活支援施設にいた人だよね?」と尋ねられることが何度かありました。「母子寮あがり」と問題のある家族のように言われ、退所後、嫌な思いをした利用者もいたようです。
母子生活支援施設を退所した後、子どもが転校しないで済む、慣れ親しんだ地域で生活したいといった理由から、施設の近くに居を構える家庭もいます。退所後、子どもの成長や母親の仕事の状況等、生活が変化していくなかで、子どもが学校に行きたがらない、親子関係がうまくいかない、母親の仕事が続かない等、新たな困りごとに直面する場合もあります。入所中は、すぐそばに職員がおり、いつでも相談できる環境があります。退所後、困ったことがあっても誰に相談していいかわからず、孤立する家庭が少なくありませんでした。
近隣には高齢祉施設や障がい者支援施設がありますが、職員が個人的に知っている程度のお付き合いしかしていませんでした。退所した利用者が嫌な思いをしないために、他の分野の施設の人たちとつながり、母子生活支援施設を利用する母子の状況を理解してもらいたい、また、母子生活支援施設入所中から、退所した後の生活を見据えた支援が出来ないだろうかと考えていました。
母子生活支援施設の近隣にある高齢者施設、障がい者支援施設等に声をかけ、お互いの施設のことを知ることから始めました。他の施設の人たちに母子生活支援施設を利用する母親や子どもたちのことを知ってもらい、制度にとらわれず、母子のニーズに応じた支援が出来ないか一緒に考えてもらいたいと思っていました。子どもたちが様々な人々に出会い、色々な体験・経験ができないだろうかと相談したことが『れいんぼう』の活動に繋がっていきました。
『れいんぼう』の取り組み内容
平成27(2015)年に、『れいんぼう』の活動がスタートしました。『れいんぼう』は、母子生活支援施設に入所している子ども、退所した子ども、母子生活支援施設は利用していない地域のひとり親家庭の子どもを対象としています。不登校で学校を休みがちな子、発達特性がある子、外国にルーツをもつ子など、参加する子どもたちは様々です。
『れいんぼう』には「学ぶ」「食べる」「動く」「体験する」という4つのプログラムがあり、「生きる力を身に付ける」ことを目標にしています。『れいんぼう』に参加する子どもたちは最初に、資格を取る、友達を増やす、家族と会話する機会を増やす等、1年後にどうなっていたいか自分の目標・ゴールを設定します。『れいんぼう』に1、2年ほど参加すると、はじめは人との関わりが苦手だった子たちが他の活動にも参加できるようになることで、クラブ活動等が忙しくなり、卒業していく子どもが多いです。
入会式アイスブレイク
プログラムでは、母子生活支援施設、高齢者施設、障がい者支援施設、生活保護関連施設の職員が自分達の得意なこと、施設の特性を活かして考える連携法人との企画もあります。母子生活支援施設以外の施設の職員は業務で子どもに関わることはありません。そこで、母子生活支援施設の職員が他の施設の職員に子どもの状況や子どもへの関わり方を伝えました。
参加している子どもたちは、普段、学校の友達や家族以外の人と関わる機会が少ないです。高齢者施設の職員は子ども達に施設に来てもらい、入所している高齢者と関わってもらうプログラムを考えました。高齢者は子どもたちが来ると大喜びで、子ども達に「かわいいね、かわいいね」と声をかけていました。『れいんぼう』の活動に参加する子どもたちの多くは、家族のDVや保護者からの虐待を経験しており、「かわいい」と言われる経験がない子どももいます。「俺、『かわいい』って言われたけど、かわいいのかな」と母子生活支援施設の職員に何度も確認に来た子どももいました。
『れいんぼう』に参加する子どものなかには落ち着きのない子どももいます。母子生活支援施設の職員は、活動プログラムを考える際、ケガや事故がない、無理のない内容を考える傾向がありました。あるプログラムに、連携法人の他施設の職員が計画した、川での魚とり体験がありました。担当する職員がノルディックウォークや釣りが好きということでこのプログラムを企画しました。母子生活支援施設の職員は、子どもたちが魚とりに夢中になり、川に入って事故が起こったりしないか不安に感じていましたが、魚とり当日、子ども達は、担当職員の指示に従って楽しく安全に活動に参加することができました。
園芸プログラム
学習プログラム
活動を行う上での工夫
『れいんぼう』に参加する子どもは、母子生活支援施設で関わりのある子どもだけでありません。地域のひとり親家庭にも周知を行い、受付窓口は社会福祉協議会にお願いしています。社会福祉協議会とは、地域公益活動で関わるようになり、今ではさまざまなことで連携しています。
『れいんぼう』がスタートした当初は、予算も限られており、お金がなくてもできるプログラムを考えなければなりませんでした。各施設の職員は楽しくやれることを考える、プログラムの目的に沿った活動内容を考えることを意識しました。
『れいんぼう』の活動に参加している施設同士は連携できるようになってきますが、地域にはたくさんの社会福祉法人があり、他の法人や施設と連携することも必要と考えました。エリアによって、地域の特長が異なるため、社会福祉協議会に依頼し、エリアごとに会議を開催することになりました。会議だけでなく施設見学等を行い、お互いの施設や法人について理解を深めています。また、自治会の役員などとも繋がり、地域づくりにつながるよう工夫しています。
『れいんぼう』がもたらした変化
『れいんぼう』の活動を通して、子どもたちは普段関わる機会のない人たちに接します。高齢者施設では、子どもたちの訪問を喜んでくれる高齢者に出会い、「また来てね」と高齢者に声をかけられます。「次の時は一緒にご飯食べたい」と子どもたちが意向を伝えることもありました。コロナ前でしたので、高齢者施設の方が一緒にご飯を食べることができるよう対応してくれました。大事にされる経験、自分の意見が尊重される経験を積み重ねると、子どもたちの表情はどんどん変わっていきます。
暴力被害を経験してきた子どもたちは、『れいんぼう』の活動で出会う人々と、暴力ではない形で関係性を築くことを学びます。資格取得につながる、友達が増える、母親を気遣う言葉を口にするようになるといった変化が子どもたちにみられるようになります。『れいんぼう』では、保護者に活動状況を説明しますが、子どもにこんな一面があると知らなかった、子どもの表情がこんなに穏やかになると思わなかった、子どもとよく話すようになったと感想を述べる母親もいます。また、母子家庭で子どもに肩身の狭い思いをさせていると思っていたが、『れいんぼう』の活動に参加できて母子家庭で良かったと話す母親もいました。
『れいんぼう』を始めてから、ほかの福祉施設だけでなく、地域で活動している様々な団体や企業とつながることができました。新型コロナの感染が拡大する中、子ども食堂から食支援を継続するための協力を求められました。食支援に関わるなかで、子どもが不登校になった、母親の体調が悪い等、ひとり親家庭の深刻な状況が明らかになりました。相談につなげた方がいい場合は、母子生活支援施設の職員に報告してもらい、必要な機関につなげるという体制を作ることができました。
母子生活支援施設の職員は、『れいんぼう』のプログラム計画、運営することを通してPDCAサイクルで仕事の手順を考えるようになりました。このプログラムを実施すると子どもにどんな効果があるか等、先を見通して仕事をするようになりました。ほかの施設職員等と一緒に仕事をするなかで、自分達では発想しない内容に触れることもがあります。何でもかんでも自分達でやろうとするのではなく、いろいろな施設・機関・人々と一緒に対応することの大切さを実感しています。
今後の課題
『れいんぼう』を通して母子生活支援施設のことを知ってもらえるようになりましたが、母子生活支援施設の利用世帯数自体は増えていません。母子生活支援施設の利用者の多くはDV被害を経験しており、利用者の安全性を確保するため施設の住所を非公開にしてきました。しかし、地域のひとり親家庭、支援が必要な子どもや子育て家庭の支援に携わるためには、開かれた施設となることが求められます。閉じて行う支援と開いて行う支援、双方の役割を担うことの難しさを感じています。
こうしたプログラムの対象者を考えるときに、行政や社会福祉協議会からは、「生活保護受給世帯であること」「ひとり親家庭であること」を条件にするようにいわれることがあります。しかし、生活保護を受給していなくても生活に困窮している家庭はありますし、ふたり親家庭で生活していても『れいんぼう』での活動が必要な子どももいます。子どもや家族のニーズにそった活動を展開していくことが大事であることを行政に理解してもらうことが課題です。
子どもたちのための活動というと、かわいそう、恵まれない子どもたちのために何かしてあげたいと言われる方がいます。『れいんぼう』に参加する子どもたちは、最初は支援される側ですが、活動を通して自己肯定感が芽生え、自分達も役に立ちたいと思うようにもなります。民生委員・児童委員や社会福祉協議会の協力を得て、子ども民生委員活動を行っていますが、子どもたちはこれからの社会を担っていく存在です。大人・子ども・若者という立場、支援する・されるという関係性ではなく、住みやすい地域を作っていく仲間と思ってもらえるようになるといいなと思っています。
子ども民生委員、民生委員児童委員の活動を知ろう
取り組みを検討する他施設等へのメッセージ
ひとつの施設ではできない、対応しきれないことでも、種別が異なる施設同士がタッグを組むとできることがあります。
施設のある地域をどんな地域にしていきたいか、自分の施設・社会福祉法人だけでなく、ほかの施設や社会福祉法人、また地域の人たちや団体・企業と一緒にと考えていくことがこれからの社会福祉法人には求められていると思います。
一度つながると、そのつながりは次のつながりに発展していきます。つながることがこんなに楽しいとは思いませんでした。これからもいろいろな人・団体・機関とつながっていきたいです。
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